はるな型 護衛艦



はるな型は海上自衛隊が初めて建造したヘリ搭載護衛艦である。
海上自衛隊は創設時よりCVS(対潜空母)や護衛空母(CVE)を中心にした、ハンターキラー(対潜掃討)群を作る構想があり、事実第1次防衛整備計画時代には米海軍から補助空母を供与してもらう計画を勧めたが、財政的に難しく昭和30年に断念した。
また第2次防衛力整備計画でもヘリコプター母艦(CVH)の建造を一旦は決定したが60年安保などで政局が混迷を極めたなどの諸事情により建造を断念した経緯がある。
その後第3次防衛力整備計画時には、5000t以下の護衛艦でもヘリの安全運用可能な減揺装置とヘリ着艦拘束装置などの開発に見通しが付き、CVHの替わりにヘリ3機を搭載するヘリ搭載護衛艦(DDH)2隻の建造することが決定された。これが後の「はるな型護衛艦」である。
「はるな」型の最大の特徴は対潜ヘリ3機を搭載している点で、世界的に見てもヘリを3機以上搭載している水上戦闘艦艇は少ない。当初は1個護衛隊群に2隻のDDHを配備することにより、ヘリコプターの1戦術単位4機の運用を可能することができ、またCVH1隻よりも航空攻撃に対するう脆弱性を低め、尚且つ運用上の柔軟性を高めと同時に、経費もCVH1隻と比べても低いという利点があった。
またDDHは、後の4次防以降に建造された汎用護衛艦(DD)よりもヘリ整備能力があり、長期の航海の場合艦隊全体のヘリ整備工場としての役目も負っている他、指揮能力が高く護衛隊群旗艦としての任務も行っている。しかし護衛艦型を採用した為、ヘリが3機あっても1機づつしか発艦できず、2機目を発艦させる為にはさらに20分もかかり、発艦作業中はあまり激しい艦の操作は出来きない。しかも実際には、3機目のヘリは予備機状態となっているのが現状である。また狭い艦内配置の為ヘリのローター交換はヘリ甲板に出して行わなければならず、悪天候・夜間には危険な為、交換作業はできず、その間は着艦作業もできない。その為空母型よりもヘリの運用・整備能力は低いと言わざるおえない。
「はるな」「ひえい」は、両艦とも名の由来は山の名前から来ているが、戦前の日本海軍ではもっとも活躍した戦艦「金剛」級の3番艦「榛名」・2番艦「比叡」の名を受け継いでることからも、海上自衛隊が本級にどれだけの期待を掛けていたかを、伺わせる。

外見的特徴は後部に大型のヘリ甲板・ヘリ格納庫を有し、戦前の航空重巡洋艦利根型と同じで、兵装関係は船体前部に集中している。兵装では特に対潜作戦を主任務にする為、「はるな」型の対潜兵装は充実しており、アスロックSUM8連装発射機MK-112と対潜魚雷3連装発射管Mk-32を2基搭載しておりこれに当初3機のHSS-2/2Aを搭載し遠距離・中距離・短距離での対潜攻撃が可能としている。
対空・対艦兵装は54口径127mm単装砲Mk-42を2門装備しているだけだが、60年代〜70年代ではミサイル兵装はターター/スタンダード以外対空ミサイルはなく、ハープーン対艦ミサイルもまだ出現していので、127mm2門は当時としては強力な分類に入る。また背負い式に砲を装備している為70年代の艦艇にしては古典的で、ある意味軍艦らしい姿となっている。
また上部構造物は全長の制約とヘリコプター甲板を広く取る要求から艦橋構造物とヘリ格納を一体化し非常にコンパクトにし、また煙突も当時世界各国で採用されていたマストと一体化したマック形式となり、格納庫にヘリ3機を搭載する為に若干左舷に片寄っている。ただし1番艦「はるな」竣工時マックから煙が逆流する現象がおき、2番艦「ひえい」ではマックの高さを増し、「はるな」のようにマック上部から斜め後方左右に丸い排気口が出てる構造からマック上部直後方に四角い排気口に変更され、これが「はるな」「ひえい」を見分ける大きな識別点になっている。

1番艦「はるな」は昭和48年2月(1973年)に竣工 2番艦「ひえい」は昭和49年11月(1974年)に竣工し、当時は海上自衛隊最大・最新鋭護衛艦となり、「はるな」「ひえい」2隻で第51護衛隊を編成し第1護衛隊群に所属した。その後リムパック演習などに参加し、海上自衛隊のヘリによるASWの能力の高さを米海軍に見せ付けるなど注目されたが、同時に時代遅れのアクティブソナー主体のASWが主で、有効なパッジブソナーを持たず・かつ艦の水中放射雑音対策の不備などによる雑音の酷さによって演習ではカヤの外にされるなど、問題点も露呈した。

しかも70年代後半には大型爆撃機からのASM攻撃の脅威への対処を考慮しなければならなくなり、当時の「はるな」型は対潜・対空に対処する戦闘指揮支援システム(CDS:Combat Direction System)を中核としたAAW/ASuW/ASWシステムとして統合されたいわゆる「システム艦」には程遠いものであり、「はるな」型の近代改修工事すなわちFRAM改修が決定され、83〜85年度計画によって1986年3月から1987年10月にかけて「はるな」が1987年8月から1989年3月には「ひえい」が改修を完了した。
内容としては
(1)対潜探索能力の近代化
(2)格納庫上にシースパロー短SAMの搭載による対空能力・後方射界制限問題の解消
(3)戦術機能の向上(戦闘情報・指揮管制システム・リンク11・リンク14)
(4)電子戦能力向上
(5)艦齢の延長
などが改修され、「はるな」型は完全な「システム艦」に進化し、一部能力においては第4次防で建造された「はるな」型拡大改良したシステム艦「しらね」型の能力を凌駕した。しかしFRAM改修のあまりにも費用効率の悪く「はるな」型DDH2隻・「たかつき」型汎用護衛艦(DDA)4隻中2隻でFRAM改修は打ち切られ、以後艦艇に対するFRAMなどの大規模改修は現在に至るも実施されていない。

また第4次防において多様な脅威に対応する為、艦隊編成も大幅に変わり、従来のヘリ護衛艦(DDH)x2 ミサイル護衛艦(DDG)x1 汎用護衛艦(DDA)x1 対潜護衛艦(DDK)x4の8隻対潜ヘリ6機体制から DDHx1 DDGx2 汎用護衛艦(DD)x5の8隻対潜ヘリ8機体制すなわち「88艦隊」編成へ変更され、「はるな」は第3護衛隊群直轄艦(舞鶴)へ「ひえい」は第4護衛隊群直轄艦(呉)となり、主に護衛隊群旗艦任務についている。
「はるな」は99年に発生した能登半島沖不審船事件ではミサイル護衛艦DDG-175「みょうこう」などと一緒に127mm砲で不審船に対し威嚇射撃を行った他、9.11テロ後、両艦ともインド洋派遣部隊旗艦として数回インド洋に派遣されるなど、旗艦機能・ヘリ運用整備機能を遺憾なく発揮した。

現在「はるな」「ひえい」は艦載機をHSS-2/2A→HSS-2B→SH-60Jと進化したが、すでに艦齢は30歳を超え平成16年に「はるな」の代艦である13,000tヘリ搭載護衛艦(16DDH)の建造予算が成立し、海上自衛隊悲願の空母型艦の建造が決まり16DDH竣工と同時に退役する予定である。しかし「ひえい」の代艦で平成17年度予算で建造される予定だった17DDHは次年度予算へ先延ばしになり、代艦を待たずに退役する可能性もある。



性能諸元

艦名 はるな(竣工時) はるな(FRAM改修後)
全長 153m 153m
全幅 17.5m 17.5m
喫水 5.2m  5.2m(ひえいは5.3m)
基準排水量 4700t 4,950t(ひえいは5,050t)
満載排水量 不明 不明
機関 蒸気タービン 2基 2軸推進 蒸気タービン 2基 2軸推進
出力 70,000馬力 70,000馬力
最大速度 32ノット 31ノット
航続距離 防衛機密 防衛機密
船型 長船首楼型 長船首楼型
主砲(対空・対艦両用) Mk-45 54口径127mm単装砲 2基 Mk-45 54口径127mm単装砲 2基
対潜兵装 MK-112 アスロックSUM8連装発射機 1基
3連短魚雷発射管 2基
MK-112 アスロックSUM8連装発射機 1基
3連短魚雷発射管 2基
対空兵装 主砲のみ MK-25 シースパロー短SAM8連装発射機 1基
MK-15 20mm高性能機関砲(CIWS)2基
対空捜索レーダー OPS-11B OPS-11C
水上捜索レーダー OPS-17 OPS-28
電子戦 NOLR-5 NOLQ-1
OLR-9B
MK-137チャフ発射機 4基
射撃指揮装置 72型1型A(127mm砲用) 72式1型A(127mm砲用)
FCS-2型(シースパロー用)
ソナー OQS-3 OQS-6
艦載機 HSS-2/2A 3機 HSS-2B → SH-60J 3機
乗員 360名 370名
計画年度 昭和43年度計画 昭和43年度計画
起工 昭和45年3月19日(1970) 昭和45年3月19日(1970)
進水 昭和47年2月1日(1972) 昭和47年2月1日(1972)
竣工 昭和48年2月22日(1973) 昭和48年2月22日(1973)



同型艦

●DDH-141「はるな」

1番艦
造船所 三菱長崎
昭和45年3月19日(1970年)起工
昭和47年2月1日(1972年)進水
昭和48年2月22日(1973年)竣工

●DDH-142「ひえい」

2番艦
造船所 石川島播磨
昭和47年3月8日(1972年)起工
昭和48年8月13日(1973年)進水
昭和49年11月27日(1974年)竣工

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