M-53/59
(PHOTO:UK MOD)
M-53/59はチェコスロバキア(当時)が開発した自走対空砲である。なお、本稿で使用しているM-53の写真はボスニアの紛争にて、装甲板が増設される等の現地改修を施された車輌である為、原型とは多少変わっている事をまずお詫びしたい。
本車の設計思想に関しては少し不明瞭なところがあるが、大戦期で言うM-15等の対空自走砲と同じく、機甲部隊の防空が主目的であったと思われる。
基本設計にはチェコのプラガ社が開発したV3Sトラックのシャーシが用いられている。というより、トラックの外装ひっぺがえして、装甲板を取り付けただけのお手軽装甲車と言っても過言ではない。ただ、生産するのに部分的に既存のラインを使用することで安上がりで済む事や、部品の共有化が出来るという点においての魅力は高かったろう。ちなみに資料などによっては本車をV3Sトラックの派生型としてトラックの呼称のまま呼んでいるケースもある。
原型のプラガV3Sトラック(PHOTO:praga)
本車の操縦席など車体周りは防弾板の溶接で固めており、防御力はおそらく砲弾片及び小銃弾を防ぐ程度であろう。操縦席前の覗き穴には防弾シャッターが降りるようになっており、操縦手用のペリスコープも一基備えられている。
主武装の30mm機関砲は第二次世界大戦時にUボート搭載用に開発が行われた物だ。発射速度は毎分420〜450発程度で対空射程が3kmである。ちなみに対軽車両に使用する場合は2kmとされている。肝心の照準装置は旧式の光学式照準機であり、ヘリぐらいならまだしも、現代のジェット機の対応は到底無理がある。したがって、本車の真価は対地攻撃にあるといえるだろう。
乗員は射手、装填手、射撃指揮官等5名で運用される。ちなみに銃座は全周囲旋回が可能だが、射手以外は席が無く銃座の周りを回らなければならない。さらに、銃座周りが正面射手席を除いて露出しているため、装填手などは少々危険ではないかという印象を与える。実際、上のボスニア紛争で現地改修された車輌の写真では銃座周りにも防弾板が張られている。やはり、運用する側も危ないと考えたのだろう。
生産はチェコスロバキア、そしてユーゴスラビア連邦がライセンス生産を行った。ちなみにチェコスロバキア本国での本車の生産は50年代で終了したが、ユーゴスラビアでの生産は60年代になっても続けられた。
本車はそれ以外にはイラク、リビアへ輸出されている。この車輌はどちらが生産した車輌かは不明だが、当時の武器輸出のつながりから考えてユーゴスラビアが生産した車輌であると考えられる。
本車はボスニア紛争の際にも投入され、本車の性格からして空の敵より“地上の敵”に対し効果を上げたのは想像に難しくない。
現在ではもう完璧に旧式であるため、殆どの国では退役しているがまだごく一部の国ではまだ運用はしているようだ。
(文責:コブラっち)
名称 | M-53/59 |
製造 | プラガ社 |
全長 | 6.92m |
全幅 | 2.35m |
全高 | 2.95m(機関砲含め) |
戦闘重量 | 10.3t |
出力 | タトラT 912-2 6気筒ディーゼルエンジン110HP |
速度 | 60km/h(路上) |
航続距離 | 500km |
主武装 | 30mm機関砲x2 |
俯仰角 | −2〜+85度 |
副武装 | 無し |
乗員 | 5名 |
実戦配備 | 1950年代 |
●M-53
対空砲を積んでいない型
●M-53/59
対空砲を装備した型
●M-53/70
照準装置等を改修した型
●MB-120
クロアチアが30mm機関砲から120mm迫撃砲に換装した型